またねと言った君の手は
またね、と言った。君は確かにそう言った。別れるのは決まって新宿駅で、僕はいつだってここで終わり、また始まる。
改札の前ではたくさんの人が流れていて、靴底がなったようなピッピッという甲高い電子音が絶え間なく鳴り響く。
誰しもに人生があるはずなのに、汗が噴き出すほど恥ずかしい経験があったはずなのに、何事もなかったかのように一律の音を立てて改札をくぐっていく人達が、僕は少しだけ羨ましかった。
もう戻れない過去が急き立てるみたいに電車のベルを鳴らして、僕はそれに乗り込む。夜はそこになだれ込んで息を止める。呼吸のできないほど幼い夜のかけらは、人がまばらに立っている車内で甘ったるいアイスみたいに溶けて消えた。
レーザービームみたいな正直さと、綿菓子みたいな頑固さはどちらが柔らかいのだろう。まどろみの中でそんな夢を見て、いつのまにか座っていたことに気づく。君が言ったまたねの意味を噛んでいたらガムみたいに口に残り続けてしまった。ちょうどいい包み紙なんて持っていない。しょうがないから一息に飲み込んで、少しむせた。
忘れっぽい僕のことだからきっと忘れてしまうだろうな。ありきたりなさよならと、見たことのないSee you later、その違いすらも。
もしかしたら実は出会ってなかったんじゃないか?時計の針なんて巻き戻せると信じてみてもいいんじゃないか?そう目配せした先の幼い夜はいつのまにかしっかり成長していて、僕だけが取り残されていて、男子三日会わざれば刮目してみよ、と言ってた国語の先生の得意げな顔を思い出した。先生は女だった。
死ぬにせよ、生きるにせよ、言葉を吐き続けて死んだ方が得じゃないかって君は言ったんだ。黙ってたって誰も起こしてくれない。そう言った。
不正解はあっても正解はないから、不正解の水たまりだけを避け続けて、僕らはどこ行ってしまうのか相も変わらず知りもしない。
酔っ払った中年サラリーマンが横に乗ってきて、饐えたアルコールと汗の匂いに鼻腔がさらされる。匂いの記憶は思い出の濃さだ、泥酔していたアイツの散らかった家を思い出す。
隣の酔っ払いが唾を吐き出した。床にこびりついたそれを見て、さっき飲み込んだガムを思い出した。体のどこかにそれは染み渡っている。
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言葉の羅列を、書きたいことを書きたくないことまで吐き出しました。もう、どんな形でもよくない?
奇怪な文章に、なんだか少しだけホッとする。
わかりやすい人間なんてつまんないからね。
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