お前になりたいよ。
久しぶりに日野を見つけた。日野は中学の頃の友人で、当時はひどく太っていて「ヒマン」というのが彼のあだ名だった。
10年経った今でも日野のことをよく覚えているのは、彼が新進気鋭の作家として世に出ているからだ。国語ができるイメージはあったが、まさかここまでとは。想像もしなかった。
電車に揺られ、吊り革を掴みながら俺は広告を睨んだ。日野がすっきりとしたシルエットのスーツを着て本を持って笑っている。新刊が大ヒットを記録しているらしい。「若手イケメン作家!火野慧」のコピーが仰々しく広告を飾っている。
ヒマン、何やってんだよ。本名は日野太一だろ。カッコつけてんなよ。
俺は口の中で言葉を押し殺す。噛み潰した言葉は苦味になって喉を伝って胃に落ちて、響いた。
何をやったらそうなれる?
俺は、何をやったら、そうなれた?
今日は課長に叱られた。
「田島くんさ、悪気ないのかもわからんけどさ、妥協すんのやめてくれよ」
課長は叱るのに慣れていない。そんな人に叱らせてしまって申し訳なく思う。一方的に俺が悪い。課長は続けた。
「仕事なんだからさ」
仕事、だもんな。
日野、お前もきっと辛いことがあるんだろうけど俺はお前になりたいよ。
電車が停車して目の前のサラリーマンが立ち上がった。日野の笑顔を背にして俺は空いた席に座る。
夢を追えるほど無邪気じゃない。でも、変わってしまった日野を前に平静でいられるほど俺は大人でもない。
電車の扉が閉まって、揺れた。
まだ俺は帰れない。
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お久しぶりです。1ヶ月以上ブログ更新が途絶えたのは2017年度において初めてのことですね。それでもアクセス数を見ると1日たりとも「0」の日がなくて嬉しいです。一人でも誰かが覚えていてくれるなら書いている甲斐もあるってもんです。
ここ1ヶ月はなんだか空気が抜けてしまったみたいに何かを書いて公開することへのモチベーションが無くなっていました。怖かった、と言い換えてもいいです。頭の中で浮かんだアイデアを自分で否定して葬り去る日々でした。否定すればするほど悲しくなって、凡庸な発想から逃げたくて、長編小説を読んで自分を納得させていました。
でもとりあえず、今日ブログを更新できたから、少しだけ前を向くことができたんじゃないですかね。これからも頑張っていきましょう〜。
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