今夜のまま時間が止まっちゃえばいいのに

「ずっとこのままでいいのに」
君は言った。僕も言おうとした。
「このままオトナになんてならずに、ずっとずうーっと明日を楽しみにしたまんま、このまんま、さ」
君は笑って空を見上げる。公園のベンチに座る僕たちは夜の体温を肌で感じる。
「なんにも変わらないでさ、仲良しの人と、仲良しなまんまでさ」
君の声が湿ってきたのがわかる。心なしか僕の喉も熱い。夏の夜風は涼やかで僕たちの半袖を冷やした。
「明日の楽しみなことをワクワクしたまま、ワクワクしたままで繰り返すの。旅行の一週間前とかさ、計画を立てて妄想したりするアレあるでしょ?あんな風にさ」
君は足をグッと伸ばして両腕を頭の上に伸ばす。座りながら伸びをする君が全身でくの字を描くのを、僕は横目で見てふわっと笑う。夜空を見上げても星なんて見えなかったけど、見えないだけでそこには間違いなく星があるのだ。僕は目を瞑る。
君は続けた。
「クリスマスの朝が待ちきれない小学生の私みたい」
「どういうこと?」僕は目を閉じたまま首を傾げた。
「知らないの?サンタさんが夜中やってきてツリーの下にプレゼント置いてくれるんだよ」
「サンタさんは赤の他人だろうから不法侵入で捕まっちゃうんじゃないかな」
「サンタさんは確かに他人だし、確かに赤だけど」君は不貞腐れて足元の小石を蹴っ飛ばした。僕は世間のサンタ事情をそれまで知らなかった。

「あーあ、なーんにも、なりたくないなぁ」
君はため息をつく。
「時間が進めば進むだけ、その分何かしないといけないみたいな、そういうのあるじゃない」
「社会の風潮として?」僕は目を開ける。
「んー、そんな感じ。それがあるからきっと怖くなっちゃうんだよねぇ」
「君は怖いの?」
「怖いよ」即答だった。
「いつの間にか過ぎちゃった時間で自分が何をしてたかわからない時とか、怖い」
確かに、と僕は小声で相槌を打った。
「だから時間なんてずうっーと楽しい時のまんま、終わらないで、進まないで、置いてかれないで、止まっちゃえばいいのにって思うんだ」
僕は腕時計を見て少し驚く。
「これ書き始めて20分も経ってるよ」
「…何の話?でも時間ってやっぱり進んでるんだね。やだね」
大きな欠伸をして君は言った。
「あー、今夜のまま時間が止まっちゃえばいいのに!」


………………………
人生最後の合宿前日の心境をここに記す。

そんなんだけど、イノウエは。

つれづれなるままに!ひぐらし!

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