イノウエと歌⑤
応援歌を歌う。張り上げる。体温が上昇する。
湿気の多い2013年の夏、僕はサッカー部の応援団の一人としてピッチで戦う同級生と後輩に大声を送った。
下手くそだから当然のようにメンバーから外れ、それをもうなんとも思えないくらいに僕の心は麻痺していた。それでも途中で逃げ出したくはなかった。それだけは僕の意地だ。でももしもっとサッカー部が勝ち進んでいたら、僕は受験を口実に逃げ出していたかもしれない。しかし、8月に入る前にチームは大会を敗退した。引退だ。
大学に入ったらやりたいことがたくさんあった。
バンドでボーカルをやる。
小説をたくさん読む。
一人暮らしをする……
第一志望校、第一志望学部は完全に固まっていたが、模試ではE判定が続いた。そこに寄り添ったのもまた歌だった。
いつ頃からか、我が家には防音室がある。妹のピアノ練習のために作られた狭い部屋だ。大人一人、足を伸ばしては寝転がれないほどの部屋だ。
そこでほぼ毎日、僕は歌った。
朝起きて英文音読を15分してから、歌を15分歌い、予備校から帰ってまた15分歌う。寝る前にも歌ったから毎日30分以上は歌っていただろう。
自分を励ます歌、ヤケになった自分をもっと狂わせる歌…たくさんのメッセージを歌から受け取り、それを大声で吐き出す。その繰りかえしで正気を保ちながら受験期を過ごした。
失敗か成功かなんて
最後までわからないけれど
とことん 信じ切って
フルスピードで 飛び上がれ 今
絶対的な君だけのステップを 刻んでよ 踏み出してよ
その数十センチが奇跡起こしてしまうかも!?
圧倒的で鮮烈なジャンプを 決めてよ 蹴散らしてよ
最高のイメージの先へ 跳ねる 君のストライド
♪グッバイ・アイザック/秦基博
教えておくれよ今を
上手くやり過ごす術を
悲しくなったら次は
俺らの番じゃないか
そして明日も同じように
興味のない話ばかり
この街が見下ろせたよ
飛び降りるなら今さ!
♪両手にノルマ/Droog
応援歌を歌う。張り上げる。
………………………
次回最終回!
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