メロンパン・自撮り・羨望①
"メロンパン・自撮り・羨望"
という3つのワードをいただいたのでこれらを使って何か書きます。
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坂本は客が誰もいなくなったのを確認してスマートフォンを取り出す。中断していたゲームを再開し、監視カメラから死角になる位置で指を動かす。
深夜のコンビニで流れる時間は永遠とも思えるほど長いものだ。
1週間前、そのコンビニチェーンはメロンパンフェアを開催し、プロモーションを仕掛けはじめた。今までとの小麦の違いや甘みの質の向上、そして表面のカリカリ食感改良に力をいれたことをしきりに喧伝している。誰もカロリーが高くなっていることに気がつかない。
スマートフォンを操作する坂本の耳にはそのフェアで使っているBGM「メロンパンのうた」が流れ込んでくる。それはいちいち坂本の神経を逆なでするものだった。
あんパンにはあんこがはいってる
メロンパンにはメロンがはいってない
わたしがいちばん好きなのはメロンパン
だけどメロンははいってない…ザンネン!
舌足らずな歌声が耳障りだ。
深夜のコンビニにガキの声は不似合いだ。もっとガツンとくるやつを…。坂本は更衣室に戻ってBGMを変更する。そこに、休憩から戻った副店長の春日部がやってきた。
「おい、勝手にいじるな」
「あ、すんません」
坂本は目を伏せて"メロンパンのうた"に戻す。
再び、無垢な歌声が店内に響きはじめる。
「坂本ぉ、おれ、レジ締めすっからでとけ」
春日部は細い目で気怠げに言い放つと机に向かった。それがレジ締めと言う名のサボりだということに坂本は気づいていた。
レジの前に立ち、スマートフォンを取り出す。Twitterを開くと、同期の小泉がトロフィーを両手に笑っている画像が目に飛び込む。大学のアカペラサークルでリーダーを務め、そしてその歌声が音楽業界関係者の目に留まり、ソロでオーディションに参加したのが一昨日のこと。あれよあれよという間に決勝に進出し、今夜優勝を決めたようだ。
才能で勝負して、勝てる人生っていいよなぁ。
坂本は胸の奥をぎゅっと掴まれたみたいに息ができなくなってTwitterを閉じる。
高校の時から、小泉のことを羨望の眼差しで見ていた。自分がちっぽけに思えた。
小泉は背も高いし、顔もかっこいい。もちろん歌は上手いし、女子にだって、モテる。何もしなくたってオーラがあったし、説得力があった。小泉が何か言うと「小泉が言うなら…」という謎の信頼感だ。それでも、坂本と小泉は仲が良かった。高校時代、昼休みは一緒に弁当を食べたし、合唱部の活動後は一緒にメロンパンを食べたものだ。そうだ、二人とも、好物がメロンパンだったのだ。
生地の部分だった。坂本はメロンパンのパン生地のように所詮引き立て役でしかないのだ。
メロンパンの表面はサクサクで、甘くて、いつだって誰からも好かれる。
一方で、ふわふわしたパン生地の方は表面を支えるためだけの裏方でしかない。どうせ、どうせ惰性で食べられるだけのお荷物だ。
小泉は表面の方だった。メロンを模した主役の方だ。
坂本はパン生地の方だった。
"メロンははいってない…ザンネン!"
無邪気な子供の声が坂本の柔らかいところに突き刺さる。
何も持っていない自分と、何もかもを持っている小泉。
天は二物を与えない?なるほどな。坂本はひとりごちた。
天は"三物や四物"は与えるのだ。
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