生活②

昨日の続き。
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朝香はインターネットを立ち上げた。ふと思いついて自分の名前を検索窓に打ち込んでみる。
検索結果の画面には朝香の出演する舞台の情報などいくつかのヒットはあるものの、朝香を応援するツイートや、逆に誹謗中傷するようなブログの類は見当たらない。好きの反対は無関心か、とつぶやき細く息を吐く。

子どもの無邪気そうな声が聞こえ、はっとして顔を上げる。テレビの中ではホームドラマが繰り広げられ、子役が何やらセリフを発している。最近知名度を上げてきた人気子役だ。名は確か、一ノ瀬俊太と言ったか。2年ほど前にドラマで見かけたときは素直にかわいいと思えたのに、今では一ノ瀬のあざとさが嫌味ったらしく思うようになっていた。
鼻にかかったようなわざとらしい声、いかにも媚びたような完璧に作られた表情、オトナに対する計算されつくした大げさなリアクション、それら全てにどうにも腹が立った。無性に憎くなった。わかっている。こんなコドモを妬んだってしょうがない。わたしは女優だ。この子とは戦うステージが違うはずだ。そう言い聞かせるも、朝香の胸の中は子役への黒い感情で支配されていく。本当にわかっている。これは八つ当たりだ。


パソコンでいくつかSNSを開き、匿名のアカウントを新規で登録する。フォロー0、フォローワー0のそのアカウントの最初の投稿は決まっていた。情けないなんて思わない。これは一種の遊びなのだから。

君に言いたいことはあるか
――あるよ。今それを言います。
そしてその根拠とは何だ
――憎いから。才能と運の両方を持ったこいつが、羨ましいから。
涙流してりゃ悲しいか
――いや、私は女優だ。泣くために泣くことができる。
心なんて一生不安さ
――そう、だからこいつも不安の渦に叩き込んでやる。


翌朝、換気できていない淀んだ部屋で朝香は目を覚ます。冷えた雨粒が窓を打つ。朝香は自分自身でも言いようのない気持ちで昨夜の投稿を確認する。その投稿に共感した誰かが自分をフォローしてくれてるのではないか、拡散してくれてはいないか、一人でもいいから同調してほしいと半分くらい思う。残りの半分はとんでもないことをしてしまっているのではないかという焦りだった。
一番大きなSNSサイトのリンクをクリックする。そこで朝香はすっと目の前の景色が遠ざかるのを感じた。「通知24」という数は多くはないが決して無視できる数でもない。
リプライ欄を見る。
「わかる」「まじきもいわ」「親はどんな気持ちで見てるんだろ」「あの笑顔にどうにも虫唾が…」
少し、いや、だいぶ嬉しかったのだろう。自分が肯定されたかのような気持ちになる。才能のあるあいつより、批判した自分の方があたかも偉いかのような錯覚に朝霞は陥っていた。
ふと、スクロールする指が止まる。
「あのガキマジ死ね」
その一文を見た瞬間、少しだけ後悔の念が沸いてきた。まだ小学生にもなっていないコドモを「死ね」という言葉に晒してしまうなんて、嫌な大人になってしまったものだ。
しかし朝香はそれ以上の充足感と安心感に包まれていた。世界にはわたしの味方しかいない。みんなあいつが嫌いなのだ。

特別冷えた、冬の入り口のある日のことだった。

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絶賛卒論課題執筆中。就活未終、緊張高、望早終。

そんなんだけど、イノウエは。

つれづれなるままに!ひぐらし!

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