苦手なもの。

苦手なものがある。
眉間の皺、傘の先端、そして寄せ書きだ。

卒業シーズン真っ盛りだった3月、寄せ書きを書く機会があった。
お世話になった先輩に向けて後輩たちが丁寧に言葉を紡ぐ。結果、一枚の厚紙にたくさんの表情の言葉たちが氾濫する。

その昔、高村光太郎はこう言った。
「僕の前に道はない。僕の後ろに道ができる。」
1週間前、誰かさんはこう言った。
「前に書いてある人の真似しよっとw」

さすがにイノウエはそんなこと言ってない。
でもそう思った瞬間があったのは事実だ。お恥ずかしい。

そう、寄せ書きのメッセージはみんなに"読まれる"のだ。これによって個人的なことを書くのを憚られてしまう。
いや、仲が良かった先輩ならまだ書ける。
問題は特に接点のなかった先輩だ。
ほとんど交流のない先輩に向けて送るメッセージほど苦痛なものは、失礼ながら、ない。

"坂井先輩ご卒業おめでとうございます!入学当初からかっこいい先輩がいるなと思っていました!今度ぜひ飲みたいです(笑) 卒業後も頑張ってください!"

数秒で思いつく薄っぺらい御言葉に、これを読まされる坂井先輩もきっと閉口する。
どうせ飲みにもいかないのに、(笑)でごまかしながら社交辞令気味に白紙を埋めることになんの意味があるのだろう。
意味?
おそらくそのコミュニティ"全員"が書くことに意味があるのだろう。でも坂井先輩にとってのその"全員"に自分はカウントされているのだろうか…

などなど色々考えてしまってペン先が乾く。
ぐるぐるぐるぐる考えた末に過去のエピソードをなんとか掘り起こす。ようやく想い出を収穫し、それからついた土を払って綺麗にし、洗って切って味付けて…


これだ。ここに寄せ書きの"意味"があるのかもしれない。
坂井先輩との想い出を「収穫してから料理する」。
その時間こそに意味がある。多分。



寄せ書きなるものをもらうかもしれない来年の春、どんな言葉が色紙を彩るのだろう。
後輩たちがイノウエの想い出を収穫するのに苦労しないよう、いつでも厨房に転がっている先輩でありたい。

そんなんだけど、イノウエは。

つれづれなるままに!ひぐらし!

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