『シンドウ』草稿

雑魚が偉そうなこと言って申し訳ないんだけど、産みの苦しみを知って泣きそうになってる。今日延々と書いてた課題小説の一部を公開するってので許されたい。というかもう他の何かを書くのが面倒……

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美咲の様子がおかしくなってきたのは年が明けて間もなくの頃だ。

「ねえ」震える声で美咲は言う。「食パン、どこ」

今日は俊太が久しぶりに幼稚園に行く日だった。進まない原稿を前にネットサーフィンをしつつ夜を明かした透は、寝る間際、起き抜けの美咲にそう聞かれた。

最初はただ寝ぼけているのかと思った。食パンの置かれた場所なんて変えた覚えはなかったからだ。

「食器棚の下のほうに、米櫃と一緒に置いてあるでしょ」大丈夫か、と笑って背を向ける。おやすみ、と言おうとすると美咲が大声を出した。

「わかんないのっ!」

ピシャッと冷水をかぶせたような大声が透の背中に浴びせられ、朝の冷たい空気に響いた。

グッと振り返ると、駄々っ子みたいな顔をした美咲が両目を真っ赤にして突っ立っていた。

「お、おい」透は美咲に一歩近づく。

「やだ、やだの!やだ!」

美咲は嗚咽を漏らし始める。勢いよく座り込むと膝を抱えて泣き始めた。動物園で迷子になった小さな女の子が喚くみたいに、大きく高い声で、泣く。早朝の冷え切った台所で美咲は幼女になった。

「おい、おい……大丈夫か」

なんと声をかけていいかわからず、抱きしめようと跪く。肩に置いた透の手は強い力で撥ねつけられる。なおも泣きじゃくる美咲を前に途方に暮れていると、俊太が起きてきた。

「まま…?」

「シュンおはよう、今な、ママはお芝居の練習をしているんだ」我ながらひどい嘘だ。「もう少しで終わるから待っててな」

「じゃあシュンがよしよしする役やる!」スキップするように台所に入ってきた俊太はそのまま美咲の頭に手を置いた。

その時だ。美咲はふいに頭の上に置かれた俊太の手を、首をぶるんと振って払うと、迷わず俊太の右手に噛みついた。止める間もなかった。俊太は何が起こったかわからないような顔をして母に噛まれた自分の手を見つめる。透も、今目の前で起こったことが信じられなかった。

俊太は右手の歯型からにじむ血を見てその痛みに気付いたのか、大声で泣きだした。美咲も駄々っ子のまま泣き叫んでいる。そんな二人に挟まれた透は呆然と、床が凍ったみたいに冷たい台所に立ち尽くしていた。





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