突然死、したい。
突然死、したくなることがある。何も成し遂げていない今の状態で、ポテンシャルだけを抱きしめて、周りから惜しまれながら死にたい。そう思うことがある。電車がレールから脱線して死ぬでもいい。テロの爆発に巻き込まれてでもいい。できることなら気づいたら死んでた、くらいの感じがいい。苦しみたくはない。痛い思いもしたくない。
織江は満員電車で運よく座れた朝、そんなことを考えた。
「織江は器用で愛嬌あって後輩からも慕われてていーよねー」
みゆきが羨ましそうに言う。そんな彼女の視線は織江の顔には当たらず、泳いで泳いで、消えていくのに織江は気づいていた。多分、少し妬んでいる。
「そんなことないよー、でもあたし、頭悪いからさ」
言われたことを何一つ否定しないで織江は笑顔で返す。自信なんてないけどこの笑顔はある種の説得力があるものだと織江は自覚していた。意図的に妬ませるくらいにあたしは性格が悪いの。
でもやっぱり、自信なんてないのだ。狭い世界を生きるあたしたちの基準は世間的にも機能する基準か否か、それこそ自信がない。
「おりえちゃんは何になるのかなァ」
ニコニコと笑うおばあちゃんの顔を思い出す。織江が絶対に何者かになれることを確信している笑顔が今となっては苦しい。
おばあちゃん、あたし何者にもなれる自信がないよ。心の中で呼びかけたところで満員電車の片隅から天国に届くはずもない。なぜか天国にいるはずのおばあちゃんが羨ましくなった。
不意に、電車にブレーキがかかる。前に立っているサラリーマンたちは右にバランスを崩して悲鳴を上げる。
「お客様にお知らせいたします。ただいま次の停車駅で人身事故が発生しました影響で電車を一時急停車いたしました。お急ぎのところ誠に申し訳ありません。」
誰かの舌打ちが聞こえた。それがスイッチになったかのように車内には溜息が充満して重苦しさが増したような気がする。
どこかの誰かが死んだかもしれない、そんな状況下のあたしたちはぎゅうぎゅうに箱詰めにされてそのまま死亡現場に直行する滑稽な貨物だ。
死にたい。停車した車内には負の感情が相変わらず積もってきていて、その空気を飲み込むたび織江の心はじわじわと死んでいく。こんな死に方は望んでいない。もっと劇的に、わかりやすく死にたい。織江はそう願う。でも全身を蝕む乗客の溜息は確実に織江の首を内側から絞めてくる。いや、乗客全員の首を、お互いが絞めあっているといった方が正しいかもしれない。
ああ、突然死、したい。もっとザクッといってくれ。心臓を一突き。
できるだけ痛くないといい。
願わくば周りの人間が悲しんで、寂しがってくれたら、いい。
…………………………………
期待されたまま死にたくない?
失望されたくなくない?
みんなそうだといいな。
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