適齢期②
潮田が3杯目のジョッキに手を伸ばす。加奈は潮田の顔がほのかに紅潮しているのを確認した。
「ねえ。潮田さん」
潮田は何かを察したのか、ぐっと背筋を伸ばす。
「なにかな」
加奈は顔を上げてまっすぐ潮田を見つめる。潮田の薄くなり始めた前髪は汗でべったりと額にはりついていた。
「この前の答えですけど、私で良かったら…」
「…よかったあ」おしぼりを額に当て、潮田は笑う。
週に二回、加奈は潮田の自宅に通い、家事をする。潮田はあれでなかなかに女性からモテるようで、掃除をするたびに前の女の気配を感じた。
畳んだ服をタンスにしまうときに、明らかに女性もののTシャツが出てくる。
歯ブラシの替えを補充するときに、赤い歯ブラシが洗面台の下から姿を現す。
ひどいときは潮田自身が女性ものの香水の匂いをジャケットに染み込ませながら帰ってくることもあった。
加奈は潮田に恋をしているわけではなかった。
いろいろ気遣ってくれるし、お金持ちだし、自由にしてくれる。
それでも、LikeはLikeのまま、Loveに変わることはなさそうだ。
それでも、自分に価値を見出してくれる、必要とされている。他にそんな人いるのか?
それでも、結婚の意思があるのか、わからない。いつ捨てられてもおかしくはない。
それでも、それでも、それでも…。
何重もの「それでも」に翻弄される加奈は結局、婚活支援サイトの会員登録を解除することはできなかった。
身体目当てではないかと思う瞬間は確かにあって、それでも毎週のように抱かれることに加奈は抵抗感を覚えなくなっていた。きっとこのまま結婚して、子どもを産んで、幸せに暮らせる。そう信じたくて潮田の身体にしがみつく。
あなたでいい。はやく、はやくあたしをさらって。
妥協なんかじゃない。それこそが最高のハッピーエンドなのだと自分に言い聞かせ、加奈と潮田の夜は更けていく。
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3月末に書いたイノウエの状況から約1か月半ほど経過しました。相変わらずです。ハッピーエンドとはなんぞや、って話ですよ。
みんな、思わせぶりは良くないぞ。何事においてもね。
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