おりがみ
「待ってますから」
ずうっと敬語。どうしても頼りなく思ってしまうのはそういう言葉尻を気にしてしまうからかもしれない。
「ハルさん」
ミノルくんは私の名前を呼んだ。
駅のホーム。新宿。夜の空気はたくさんの人たちの足音と電車が到着するけたたましい音に蹂躙されて、なまあたたかった。
「ハルさん?」
語尾があがった。
「…なに?」
「また、ぼうっとして」
ミノルくんは顔をくしゃっとして笑う。その度にあの頃の、あの人の顔を思い出して、申し訳なくなる。一体、誰に申し訳なくなるのだろう。ミノルくん?あの人?いや、そのどちらもか。
「ハルさん、俺待ってますから。本気で」
それじゃあ、と言ってミノルくんは手を振りながら背を向けた。
13番線のホームには電車が滑り込んできていて、あ、これは私が乗る電車だったなとぼうっとしながら思った。
階段を降りていくミノルくんの背中は頼もしいようで儚げで、どこかあの人に重なるようで、それでいて全く違うようにも見えた。
ドアが開く。アナウンス。千葉行き。
唇が熱い。ペロリとなめたら少しだけ渋みがあって、あぁ、ミノルくんはさっき赤ワインを飲んでいたのかと納得する。
私の中のおりがみは、くしゃくしゃだ。しわだらけなのだ。折り目がついた、ままだ。
あの人の形で、あの人のために折った紙だったのに、私は私の手でそれを丁寧に一枚の紙に戻した。元には戻らなかった。折り目ひとつない新鮮な紙になんかなりたくはないけど、なれればミノルくんのことを受け入れられたのだろう。もっと、簡単に。
扉が閉まる。席は空いていないが、座るほどでもない。
破るほどでもない。私のおりがみ。
彼はしわごと、受け入れてくれるのかしら。唇を舐めた。
ミノルくんの味はもうしない。
……………………………
超久しぶりっすね。元気してた?そう、それならいいです。じゃあ。
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