ぬいぐるみ
「おれがついてるぜぇ。おれがついてるぜ〜」
カウボーイの人形がスペースレンジャーのおもちゃと協力して困難を乗り越えている。テレビ画面に映るこのシーンは、少年がセリフを覚えるほど見ていることをボクは知っている。VHSのテープが擦り切れるほど、何度も何度も、再生された場面だ。
ボクを抱える少年はその映画でおもちゃ達が傷つくたびにボクの頭を撫でた。優しく、愛おしげな手つきに安堵を覚え、ボクは眠った。
いつからかそのVHSは戸棚の奥の方に追いやられ、再生されることはめっきりなくなった。それでも少年はボクを撫で続けた。ボクは枕元で毎晩のように少年の寝顔を見守り続けることができた。
あの頃のボクは間違いなく幸福だった。何も起きることのない、完璧な日常。それこそが幸せなのだとどうしてあの時気がつけなかったのだろう。失ってから知る重みはどうしてこんなに苦しいのだろう。
少年の体つきが青年に変わり始める頃、彼はボクを放り投げた。枕元で座っていたボクは驚いて、戸惑って、悲しくなった。よく見るとニキビが目立ち始めた彼の目にはどこにぶつけていいか分からない怒りとーー痛みがあった。思春期。彼の内側にどんな痛みがあったのか、ボクは知らない。
それでも、彼の望み通りに、なすがままに、従順に。
殴られてもいい。蹴っ飛ばされても、踏んづけられてもいい。
そうしていつか、ボクの目に浮かんだ少しの憂いや悲哀を感じ取れる大人になってほしい。
そう、願った。だからそれまでボクを捨てないでほしいんだ。大人になった彼にまた大事にされたいから。愛のこもった手で、撫でてほしいから。
愛されることだけが、多分ボクたちの役目なのだから。
おれがついてるぜ。
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