私たちはそれに耐えなければならない。

感覚がなくなっていく。組んだ足先の血流は絶たれ、白くなっていくのがわかる。吹き抜ける風は冷たく、黒い学生服の上を撫でては突き刺すを繰り返していた。

「冬は寒いんです。」
中西和尚は言った。わかってる。猿でもわかる。冬は寒い。
「君たちはそれに耐えなければならない。」
中西和尚は下手な翻訳みたいな調子で私たちに圧をかける。大声ではないが、それでも声はよく響いた。
We must endure it.
そう、私たちはそれに耐えなければならない。

朝の約一時間、しかもたった半年に一度の坐禅のお務めだ。この学園の義務であり、特徴の一つとも言える。

喋り声が畳の広間の端っこから聞こえた。警策(坐禅の時に坊さんが持ってる木の棒)を両手で持って歩いていた中西和尚は足早に、声のした方へ寄っていった。

「…君、やる気はあるかね」
メガネのレンズでは和尚の冷たい視線をせき止めきれない。射すくめられた学生はそれでも、ヘラっと笑って誤魔化そうとした。それに対して和尚は怒りの気配を放つ。周りで坐禅を組んでいる学生達は、にわかに緊張を強いられた。

通常、警策をいただく場合はこちらから手を合わせて頭を下げ、背中を丸めて正面からバシっともらう。しかし、この時は違った。

中西和尚は警策を構えながら恭しく頭を下げる。当の学生は何が起きるのかを理解できない。和尚は肩に警策を当てる。慌てて学生は頭を下げて背中をさしだした。

ばちん、という大きな音が私の耳にも届く。直後、木の棒が畳の上で跳ねたような音もした。
警策が、折れたのだ。もしかしたら警策のギザギザの断面には和尚の怒りや悔しさ、ストレスなんかもこびりついているのかもしれない、と想像した。

冬は寒いんです、という単純な一文がリフレインする。
冬は寒いんです。
冬は寒いんです。
冬は、寒いんです。

わかってる。猿でもわかる。冬は寒いし、夏は暑い。坐禅は足が痺れるし、警策だって怒りに任せて叩き折れるのだ。

私たちはそれに耐えなければならない。
冬は寒いんです。

そんなんだけど、イノウエは。

つれづれなるままに!ひぐらし!

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